仙台高等裁判所 昭和26年(ナ)14号 判決
原告 草野績
被告 福島県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告代理人は「被告が原告外一名の申立に係る福島県相馬郡中村町長の選挙無効に関する訴願について昭和二十六年六月十八日附でした訴願棄却の裁決を取消す、昭和二十六年四月二十三日行われた福島県相馬郡中村町長の選挙を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
原告代理人が本訴請求の原因として陳述した要領は次のとおりである。
(一) 昭和二十六年四月二十三日福島県相馬郡中村町長選挙が執行されたが、原告はその選挙人である。
(二) 右選挙に際し訴外蛯原時三は同年四月四日立候補の届出をして受理され、その頃訴外三田四郎及び加藤吉太郎も右町長選挙に立候補した。
(三) 然るに選挙長は中村町役場前の所定掲示場に右立候補の告示をするに当り、三田四郎の分だけは当初から町長として立候補した旨告示したが、蛯原、加藤の二名については同月五日この両者が中村町議会議員の選挙に立候補した旨告示した。蛯原時三は同月八日右告示の誤りを知り驚いてその訂正方を申入れ、同日初めて右告示の誤りが是正された。
(四) 右選挙の結果三田四郎が四八四四票を得て当選し、蛯原は得票四八〇六票で次点、加藤の得票は四六票であつた。
(五) 同年四月二十三日には中村町の長の選挙と同時に議会議員の選挙も行われたのであるから、前記のような誤つた告示がされると蛯原、加藤の両候補者はいずれの選挙に立候補したのか不明であり、三田候補のみが当初から町長候補として告示されたのに比し不公平極まりないものといわなければならない。後日告示の誤りが訂正されたとしても、訂正前の告示を見た者のすべてが訂正後の告示を見たものと推断するはできないから、右告示の違法は訂正によつて治癒されたものとはいえない。
(六) 従つて中村町の選挙人中には蛯原、加藤の両名が町長候補者であつたことを知らなかつたもの、又は町議会議員の選挙に立候補したものと誤信したもの、或はいずれの候補者であるか不明であると迷つたもの等があり得たわけで、そのためにもし告示が当初から正確であつたなら蛯原、加藤等に投ぜらるべきであつたのに他の候補者に投票されたもの、又は投票を放棄したもの、或は同人等が町議会議員の候補者と誤信して議員選挙の方に投票したものもあると推測し得られる。現に本件選挙と同時に行われた中村町議会議員の選挙における無効投票中に蛯原時三に対する投票と認められるものが七十二票ある。町長選挙の結果は前示のように当選者三田四郎と次点者蛯原時三との得票の差が僅かに三十八票に過ぎず、蛯原の得票が増加すれば当選者三田の得票数にも変動を生じ選挙の結果に異動を生ずることとなるから、前記告示の違法は本件選挙の自由公正を欠き、そのため選挙の結果に影響を及ぼすおそれがあるものというべきである。(最高裁昭和二三年オ第一三一号昭和二四年七月一三日大法廷判決参照)
(七) そこで原告外一名は同年五月四日中村町選挙管理委員会に異議の申立をしたが、同月九日異議却下の決定があつたので、更に同月十四日被告に訴願したところ、六月十八日附で訴願棄却の裁決があり、同月二十九日裁決書の交付を受けた。
(八) しかし本件選挙は前敍の理由により無効であるから、請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及ぶ。
(九) 本件選挙と同時に行われた中村町議会議員選挙における無効投票中に町長候補者三田四郎に対する投票と認められるものが八十九票存することは争わない。
原告代理人の陳述は以上のとおりであつて、これに対する被告代理人の答弁の要旨は次のとおりである。
(イ) 原告主張の(一)、(二)、(四)、(七)の事実は認める。
(ロ) 昭和二十六年四月二十三日執行の相馬郡中村町長選挙に際し訴外三田四郎は四月三日、同じく加藤吉太郎及び蛯原時三は四月四日にそれぞれ立候補届出をしたので、選挙長は三田四郎については四月四日夕刻、加藤吉太郎及び蛯原時三については同月五日夕刻に、いずれも中村町役場前と宇田川町伊勢屋旅館前との二ケ所の掲示板に右立候補届出の旨を告示した。選挙長が四月五日右加藤及び蛯原の立候補届出について告示した内容様式は末尾添付の別紙記載のとおりであつて、ただ前文中の一ケ所(議会議員)とあるのを抹消して「長」と訂正するのを逸脱したに止まり、他はすべて正当に表示されたのである。しかも右前文中の一ケ所が訂正洩れであることは右告示を見た者の何人にも直ちに認識し得るところであるから、加藤及び蛯原を町長選挙の候補者として告示したことは明瞭である。なお右訂正洩れの点は、四月八日午前中蛯原時三の申出により中村町選挙管理委員会書記東海林登において直ちに訂正した。従つて右一ケ所の訂正洩れのまゝ掲出された期間は僅か二日間に過ぎない。
(ハ) 昭和二十六年四月二十三日に中村町長の選挙と同町議会議員の選挙が同時に行われたことは争わないが、加藤及び蛯原の立候補届出に関する前記告示は、当初から町長候補者としての告示と認め得ることは前述のとおりであるから、前記訂正洩れの点があつたからといつてその瑕疵は選挙の結果に影響を及ぼすものではない。本件町長選挙と同時に行われた町議会議員選挙の無効投票中に蛯原時三に対する投票と認め得るものが七十二票存することは認めるが、同時に右無効投票中には三田四郎に対する投票と認め得るものが八十九票あるところをみても前記告示の瑕疵のために右のような無効投票が出たものとみることはできない。
(ニ) 更に選挙の実際に側してみるとき選挙人が立候補者を知るのは告示による外多くはポスター、氏名掲示、運動員の連呼、葉書、新聞等身近なものによるのが常態である。従つて選挙の実態からすれば、選挙の管理執行機関によつて各戸に配布される選挙公報、氏名一覧表の瑕疵によつて選挙の結果に異動を及ぼすおそれある場合が多い。原告引用の判例は、このような選挙の実態上から判断した事例であつて本件の場合にあてはまるものではない。
(ホ) 要するに加藤吉太郎及び蛯原時三の町長立候補告示に当初、前示のような瑕疵のあつたことは被告も争わないが、これによつて告示の法律的効果に影響を及ぼすものではなく、選挙の自由公正を害するほどのものではないから、本件選挙が無効であるとする原告の本訴は理由がない。
被告代理人は以上のように述べた。(立証省略)
三、理 由
原告主張の(一)、(二)、(四)、(七)の各事実及び本件町長選挙が中村町議会議員選挙と同時に行われたことは当事者間に争がなく、本件の事実上の争点は町長選挙に立候補した加藤吉太郎及び蛯原時三の立候補届出の告示にどんな瑕疵があつたという点にある。
証人東海林登の証言及びこれにより前記両名の立候補届出告示の控と認められる乙第一号証によると、昭和二十六年四月二十三日の選挙に際し中村町選挙管理委員会においては立候補届出の告示用紙を予め謄写版で印刷準備したが、その用紙は町長の分と議会議員の分とを各別に印刷しないで、町長の立候補届出の告示は議会議員の立候補届出の告示用紙中「議会議員」又は「議員」と印刷してある部分を「長」又は「町長」と訂正して使用したこと、加藤吉太郎及び蛯原時三の立候補届出は同年四月四日に受理したので選挙長は四月五日夕刻中村町役場前と同町中村字宇田川町伊勢屋旅館前の掲示場に右両名の立候補届出を一通の用紙に併記して掲出告示したのであつて、その様式は「議会議員」又は「議員」と印刷された部分を尽く「長」は「町長」と当初から訂正してあつたかどうかの点は別として末尾添付別紙記載のようなものであつたことが認められる。而して選挙長が四月五日右両名の立候補届出を告示するに際し前文中にある「議会議員」を「長」と訂正しないで掲出したことは被告も認めるところであるが、前記証人東海林の証言によれば、右前文中の訂正洩れの箇所を除きその余の訂正を要する箇所は訂正の上掲出したもので、右訂正洩れの箇所も同月八日午前中蛯原時三の注意により直ちに訂正されたことが認められる。証人斎藤方人、佐藤盛、蛯原時三の各証言中右の認定に反する部分はたやすく採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右告示の前文中の一箇所に訂正洩れがあつても告示の全体から見れば、加藤吉太郎及び蛯原時三が町長選挙に立候補したものであることは何人も容易に認識し得ることは掲出された告示の記載態様(末尾添付別紙参照)からみて十分首肯し得るところであつて、右訂正洩れのために右両名が町議会議員の候補者であると誤認されるおそれがあるものとは認められない。従つて右のような告示の瑕疵はいまだ以て選挙の結果に影響を及ぼすものとはいえない。尤も町長選挙と同時に行われた町議会議員選挙の無効投票中に蛯原時三に投票したものと認められるものが七十二票あることは当事者間に争のないところであるが、右無効投票中に町長選挙に立候補した三田四郎に対する投票と認められるものが八十九票存することも亦当事者間争のないところからみると右七十二票の無効投票が、前示告示の瑕疵に基因するものとは到底考えられない。
以上の次第で本件選挙が無効なりとする原告の主張は理由なく本訴請求は失当たるを免れない。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 猪狩真泰 細野幸雄)
(別紙省略)